豆腐工場 in インドネシア

豆腐工場 in インドネシア

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豆腐工場横では日本の野菜が作られています

2001年のことです。突然、インドネシア人のオーナーさんから私にこんなお話がありました。
『インドネシアに豆腐工場を作りたい!』
多くの日本人は豆腐が大好きで、インドネシアに居ても冷奴が食べたい!と思っています。
でも、日本からエアーカーゴで送られてくる豆腐はとても高価で、日本にいる時のように毎日は食べられないのです。
豆腐は冷凍できないし、チルドコンテナ-ではジャカルタに着くまでに痛んでしまいます。船でも送れません。

現地で作られた豆腐は台湾式の豆腐で、冷奴で食べられない上に、食感も味も日本のお豆腐とは別物でした。
現地の人(インドネシア人、華僑、韓国人)もお豆腐が大好きで、台湾式の豆腐だけじゃなく、繊細でまろやかな日本の豆腐も食べたいといった声がありました。
そこでオーナーさんは、インドネシアで日本の豆腐を作ることを思い立ったというわけなのです。

話を持ちかけられた私は真剣に考えました。
豆腐は作ったことがないし、豆腐工場を造るには機械もいります。機械をインドネシアに輸出できたとしても、メンテナンスはどうすればいいのでしょう・・・そんな全くの素人のレベルからスタートしました。
そして、まず機械メーカーを訪ね、『豆腐はどうやって作るのか?』、『どんな機械を使うのか?』そんな事から調べ始めていったのです。
色々な情報を集めるのだけで半年が過ぎていきました。

豆腐工場内部の様子です

そんなある日、私はとても美味しい豆腐に出合ったのです。
週に一度、隣町の志度から豆腐の行商に来られる渡辺食品の『おぼろ豆腐』でした。豆腐の味がしっかりする感動の美味しさでした。
こんな美味しい豆腐をインドネシアに住む人たちにも味わってほしい。そんな思いにかられた私は、思い切って渡辺食品の社長さんを訪ねて事情を説明しました。
すると、初めて会ったばかりの私の話を、渡辺社長は熱心に聞いてくださり、豆腐作りのこと、機械のことを色々と教えてくれたのです。たくさんの資料もいただきました。
もちろん、インドネシアのオーナーさんにも渡辺社長のことをすぐお話し、資料を送りました。

お話を聞くほど、調べるほどに豆腐作りは大変そうで、私は「インドネシアでそこまで出来るだろうか?」と思い始めていたのですが、オーナーさんの情熱は変わりませんでした。
そこで、渡辺社長に断られる事を覚悟して『豆腐作りを教えて欲しい』と常識では考えられないことをお願いに上がりました。
渡辺社長のお返事は、なんということでしょう、朝3時に来るなら最初から最後まで全部教えましょう、という信じられないものでした。

しばらくしてインドネシアからオーナーさんご夫妻が来日し、朝の3時から3人で工場へお邪魔しました。
渡辺社長は豆腐作りの1~10まで、企業秘密の部分までも全て教えてくださり、さらにはおじいちゃん、おばあちゃんが朝ご飯を作ってくださって、御一家で歓待してくれたのです。
とても感動しました。
そして、これは絶対インドネシアでの豆腐作りを成功させなければ・・・と思ったのです。

製品化された豆腐と豆乳の写真です

その後、オーナーさんご夫妻はインドネシアに帰って、工場の土地確保、工場建設、人材集め、試験製造などを、大変な苦労をものともせず実行されていきました。
約1年後には工場が完成して、豆腐作りの試験製造が繰り返し行われました。
そしてとうとう、2003年4月、遂に冷奴で食べられる豆腐2種類、豆乳2種類が製品化に漕ぎ着け、日本人向けのスーパーマーケットだけではなく、ジャカルタ市内の他のスーパーマーケットにも卸販売されるようになったのです。
豆腐のパッケージの「きぬ」という文字はオーナーの奥様のアサ子さんが、パッケージは息子のヨノさんが担当しました(豆乳の「豆乳」という文字も奥様の制作です)。実際に店頭に並んだお豆腐を見て、私も感無量の思いがしたものです。
オーナーさんから、豆腐工場を造りたいというお話があってから2年後のことでした。

そして今、新たな挑戦が始まっています。
オーナーさんより、ソフト豆腐は作れるようになったので、今度は木綿豆腐が作りたい!という声をいただいたのです。
再度、渡辺社長にお願いをして、6月に以前のようにまた3人で渡辺食品にお邪魔して、木綿豆腐作りを1から教えていただきました。
現在、新製品"木綿豆腐"の製品化に取り組んでいる最中で、今度は渡辺社長をインドネシアにお招きして、直にご指導を仰く話しが進んでいます。

店内に並ぶ絹ごし豆腐の横に、製品化された木綿豆腐が並ぶようになる日も、そう遠い日のことではないでしょう。
インドネシアのオーナーさんとのお仕事は、大変ですがとても楽しいものでした。
渡辺社長にも心より感謝しています。
オーナーさんや渡辺社長との出会いがインドネシアにお豆腐工場を作ってしまったように、大きな可能性を秘めた人との出会いを、これからも大切にしていこうと思っています。
                                                                (2003年 8月)

渡辺社長とオーナーさん、そして工場内部の写真です。

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